夜明けの明星の“うた”
年末にあたり、今年を振り返ることが多くなった今日このごろです。。ことしあるきっかけなのですが夜明けの明星の“うた”の小冊子を紹介いただきました。(PDFファイルです)とても感動したのでここに記しておきたいと思います。よかったら是非目をお通しください。
夜明けの明星の“うた”(作者不詳)
朝暗いうちに 星明かりを頼りに
どこまでも どこまでも
東にむかって 歩き続けます。
その星のもと 働きものであった父母も そのまた祖父母も
梅干しの入った 二食の 弁当を持って
仕事に出かけるのが 常でした。
我らの民族日本は
はるか古代から代々早起きと身を粉にしての勤勉によって
造られた誇り高き国です。
私の村からずっと遠く 東の彼方に多くの人々から
菩薩だと 敬慕されて止まない
心が広く 暖かいお方
早起きで 黙々とお掃除をして
密かに国造りに 励んでおられる
神様が おられます。
この間そのお方が「複写ハガキ」七百一冊目に入ったと
そっと おしえて くださいました。
————————————————-
石碑
夜明けの明星の”うた”のこと
私達の国土は 美しい山や海に
囲まれていて 風光明媚 温帯に属し
はっきりとした四季という変化があり
自然がきれいで 環境が良くて
住みやすい郷土です。
その中で 私達の誇り高き先祖は
早起きと勤勉と類希なる工夫で
すばらしい国だと言ってもいい程の
殺りくや争いの少ない伝統ある
国家を創り上げて残して伝えてくれています。
世界の中で 取り立てて売れる資源が無い国が
このように 見事に発展した例は
無いと思われ それは貴重なる人類の宝であり
見本になる誇り高き財産だと言っても いいと思います。
長い間 資源を売り続けて 栄えて来た世界の国々は
売る資源が無くなると 右往左往
途方に暮れると思われますが
それに対しての大きな示唆 見本になり
この日本の経験と築き上げたノウハウは
人類歴史上に役立つ 珍しい貴重な貢献だと思えます。
この我らの誇り高い祖国日本の先祖は
必要な物は工夫して作りましたが
精神文化でも類を見ない
珍しい豊かなものを はぐくみ築き上げてきました。
”道”とか”わざ”とか”幽玄”とか”みやび”とよばれている独特の世界です。
かすかな風の中にも心を感じる
山川草木 あらゆる自然の中に
美を見いだし かすかな風の中にも心を感じるようになりました。
お茶が伝わって来れば茶道にして
花も華道にして奥ゆかしく活けて
見て楽しみ 心を深める糧としました。
それは生活全般
あらゆる全てのものに
仏の心神を見いだす世界で
今西洋の心ある人々の間に関心を持たれて 広まっています。
おそらく これらの現象は
物中心の時代から心が大事
精神の時代への 移りゆく時に役立つものとして
時代を見越して 先祖がそれとなく用意していてくれたのかもわかりません。
現在の先進的な企業においても
物を売るだけではなく
よりよい”生き方の文化”を提案お伝えをしてより便利なものを
提案することに気付く時代に 来ています。
争わないこと高度な質素で謙虚
そのような 高度な精神文化は
日本の誇り高い財産ですが
敗戦後西洋からの物質文明を前にして
日本の精神は 争わないこと
高度な質素で謙虚ですから静かに出番を待ってきてくれたものと思われます。
現代 物質文明が燗熟しての結果
心が貧しくなり その弊害が感じられるようになりました。
それに対して心ある人々は
人類の危機さえ感じて
有効な対策を求め探すようになっています。
その中に 高い志を持って
何も無い所から裸一貫
困難な世の中にあって早起きと勤勉工夫でもって
見事に事業を興した御方がいられます。
人を想い 地域を想い
会社を想い 国
人類の行く末を想って
やまない人格 いわば一種の国士
菩薩とも 神とも 言える御方が
静かにお掃除をしながら
それを通して工夫 ”生き方””生業の商い方”を
自ら実行して示していられる御方がいられます。
これは我々日本の広く言えば人類の宝であり
示唆に富んだ貴重な財産です。
お掃除は日本の最高の精神文化
そのお掃除の世界は
いまや我々日本の誇りを持って輸出出来る
最高の精神文化に育てられて世界大会まで
開かれるようになっています。
夜明けの明星の”うた”は
自分を自立し興す人々と 一家を興す人
村を町を国を興す人の基本的精神基盤になるものとして役立ってほしい
その願いが込められています。
しかも 能力才能が無くても
非力でも どなたでも やろうと想えば 出来ること
早起きと勤勉 お掃除 葉書かき
などを続けることによって
その中から豊かなものを教えてくれています。
そして この石碑は
いつのまにか至る所に静かに建てられていて
訪れた御方が読んで下さることによって
その御方の人生が幅広く深く豊かなものになっていることに気付きます。
石碑の文章は読んで下さる御方によって
読まれる度に育てられて成長してゆきます。
又これには大きなお返しがあり
夜明けに明星の”うた”も詠み人をこよなく育て成長させてくれます。
夜明けの明星の”うた”にまつわる
すべてのものが いつのまにか
静かに力強く育てられる世界
日本固有の伝統”共生”の世界にあります。
—————————————————
支援者覚書
支援者とは、今日までは普通のリーダー論でいいと思われますが、いまからは支援者の世界が必要、求められると思います。
支援者とは、周りの人たちには理解されるとは思っていなく、ただ、たんたんと脇見もぜずにわが道を歩き続けます。
支援者とは、孤独な道を歩いている人です。
支援者とは、人々から忘れられている人です。ところが、なくてはならない大事な役割を静かに担っています。
支援者とは、暖かいことばをたえずかけて、それとなく人を励まし育てている人です。
支援者とは、水を大切にする人です。
支援者とは、子どもからも慕われる人です。
支援者とは、組織を持たず、権力に近づかない人です。
支援者とは、よいことをしているとは、気づく人がいない人のことです。
支援者とは、夫婦中がよく、家族を大事にして、いつたんことあらば、縁ある人様のために、すべてを、命までも、投げだせる人です。
支援者とは、縁あるすべての人のために、いいことは譲り、自分は後からトボトボとニコニコ笑いながらついていく人です。
支援者は、粗衣粗食で、一汁一菜がよいと思っている人です。
支援者とは、愚痴、悩み、悪口など、母親の胎内に置き忘れてきた人です。
支援者とは、すべてのものを大切にして使いきり、声をかけて対話して喜ばせて使います。
支援者とは、ときとして妻(夫)に逃げられることもありますが、全財産を渡します。
支援者とは、人生を卒業してこの世を去って、四十年、五十年も過ぎていい御人だったのだと、気づかされることもあります。
支援者とは、お金を大事にして、喜ばせて使える人です。
支援者とは、一番下にいて、それとなくすべての人を支えている心の力持ちです。
支援者とは、たえず本を読み、縁ある人にハガキを書き、いつも人生を工夫している人です。
支援者とは、小さなな投資で大きな利益などありえないと知っていて、いっぱい働いて、わずかないいただきものを喜べる人です。また目に見える成果がなくても平気です。
支援者とは、ほのぼのした余韻を残す人です。
支援者とは、愚痴などのたぐいを一切いわなく、たんたんとその道を歩ける人です。
支援者とは、偉いところがひとつもなくて、子どものように心がきれいな人です。
支援者とは、自分の根源である親を大事にする人です。
支援者とは、掃除の楽しさ、深さを伝えている人です。
支援者とは、飢饉のとき、手持ちの穀物を食べないで、俵を枕にして餓死し、それを種として残し、多くの人を救う人です。
支援者とは、地獄も極楽も同じこと、悪き人もよき人もすべてを救い上げる心をもっている人です。
支援者とは、能力、技術、財産、あらゆる才能と思われるものがない人のことです。
支援者とは、悪口、誹謗、中傷に対して、一切、言い訳をしない人です。
支援者とは、なくてならないのに、大事に思われていない空気のような人です。
支援者とは、論争などしない人です。
支援者とは、あらゆるすべてのもの、道具などにも話しかけて対話して仲良くできる人です。
支援者とは、悪口をいわれても、喜んでいる人です。
支援者とは、日夜、それとなく人々の平安を願っている人です。
支援者とは、花をこよなく愛していて、花は神の化身だと思っている人です。
支援者とは、苦労して心理に目覚め、その世界にたどり着いてもそれを押し付けしない人です。
支援者とは、当たり前の人、普通に見えて目立たない人です。
支援者とは、妻(夫)の欠点を、口が裂けても一切いわない人です。
支援者とは、理論は勉強しながら、理屈、論理は一切いわない人です。
支援者とは、料理をしても、皮も尻尾も大切にして使い、物を生かしてゴミを出さない人です。
支援者とは、この世に恵まれない、報われない部分を受け持っている人です。
支援者とは、どこから見ても、ニコニコ笑っていて、朗らかな普通の人です。
支援者とは、あらゆるすべての幸せを、世の中の片隅で静かに祈り続けています。
群馬県高崎市(東に100メートル行くと前橋市)自然栽培のタンポポ農園